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私は現在、統合失調症と診断されています。
過去には社交不安障害(対人恐怖症)と診断されていました。
一時は妄想の症状がありましたが、今は全くありません。
陰性症状の抑うつなどもありません。
今ある困りごととしては、社交不安の症状があることだけです。
社交不安障害と診断されたときはほっとしましたし、統合失調症と診断されたときは「受け入れたくない」という強い気持ちがありました。
私の病気は一体何なのか、本当に診断名は正しいのか…など、ぐるぐると悩んだ時もありました。
結論として、私の今の考えはこうです。
「精神疾患の診断名とは便宜上のもので、重要なのは『何に困っていて何の可能性がありどう対処していくか』ということ」
今もこれからも統合失調症の薬は飲み続けますし、社交不安に対するケアもしていきます。
自分の病気のことを誰かに説明するときは、統合失調症と社交不安障害両方の名前を出すか、社交不安障害だけの名前を出しています。
この記事では、この考えに至った理由や、過去から現在の症状について書いていきます。
私の症状の変遷
社交不安障害
「社交不安障害」とはまわりの視線や見られることが必要以上に気になって、不安や恐怖が強くなり、日常生活に支障を及ぼす病気です。かつて「対人恐怖」や「赤面症」などといわれているものが、これに該当します。
「スマイルクリニック イムス東京」より引用
https://ims.gr.jp/smileclinic-imstokyo/symptom/sad.html
一番最初に社交不安障害の「症状」のような困りごとがでたのは、小学4年生のときです。
吹奏楽部に入部したのですが、部活動中は常に緊張してしまい、思うように動けず、発言できずにいました。
ちなみに部活以外での学校生活は、友達も多く、楽しいものでした。
一番強く「症状」が出たのは、中学校に入学したときです。
クラスに知り合いがいなかった私は、すぐに孤立してしまい、小学校の部活動のときのような状態になりました。
教室や廊下を歩くだけで「誰かにぶつかって不快にさせてしまわないだろうか」と強く不安になりました。
学校から帰った後、特にお風呂のときや寝る前に、人前でしてしまった失敗を思い出して、恥ずかしくて泣いていました。
そんな状態が2年生まで続き、限界がきて不登校になりました。
街中や電車などでも緊張してしまうため、病院(小児科のカウンセリング)に行く以外は外に出ない日々が続きます。
通信制の高校に入学し、2年生の春、ネットで偶然社交不安障害の記事を見つけました。
精神科に行ってみると社交不安障害と診断されました。
当時の症状はこのようなものでした。
- 親しくない人が近くにいる状況で緊張や不安を感じる (不安の内容→自分が変じゃないか、周りを不快にさせていないか)
- 他人から否定的に評価されることを恐れる
- 恥をかくこと、周囲に迷惑をかけることを恐れる
- 話すときにどもったり、手汗が出る
- 不安な状況を避けようとし、引きこもる
- 過去の会話や行動を繰り返し反省し、自分を責める
- 過去の恥ずかしい経験をフラッシュバックのように急に思い出す(頻度は1日に10回以上)
- 学校に行くときなどは状況が起こる前から強い不安を感じる
統合失調症
「統合失調症」とはこころや考えがまとまりづらくなってしまう病気です。健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状と、健康なときにあったものが失われる陰性症状があります。 陽性症状の典型は、幻覚と妄想です。陰性症状は、意欲の低下、感情表現が少なくなるなどがあります。
「こころの情報サイト」より引用
https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=tQtLd1xVUp1wHJMQ
私が統合失調症と診断されることになったきっかけは、父の家庭内暴力です。
高2の冬、家で父が兄に包丁を投げ、警察沙汰になりました。
近くの祖母の家でしばらく父と離れて暮らすことになったのですが、家の場所は父も知っていました。
もし逆恨みされていたら、襲われたら…と不安が尽きません。
そんなストレスによって、眠れなくなり、食欲がなくなり、精神がどんどんおかしくなっていきました。
私のSNSをたくさんの人が見ていて、たくさんの人が私を心配してくれているんだ、そのメッセージをこっそりSNSやテレビで伝えてくれているんだ…という妄想に憑りつかれました。
実際は数人しかフォロワーがいなかったので、そんなことはありえないのですが…
心配してくれている人にお礼がしたいと思い家出をし、その日のうちに警察に保護され、その日のうちに閉鎖病棟に入院しました。
そこで、統合失調症と診断されます。
症状としては、妄想がとても強かったです。
幻覚や幻聴などはありませんでした。
妄想の内容はころころと変わっていましたが、全体的に自分にとって都合のいいハッピーなものが多かったです。
当時の妄想の内容の一部はこんな感じです。
- 私のSNSの投稿を見た世界中の人が助けようとしてくれていて、「あなたを助ける」というメッセージをSNSやテレビで伝えてくれている
- 私は世界中の人から愛されている
- 私には特別な力がある、特別な存在だ
- 今いるところ(病院)から脱出できるかどうか試されている
- 医師や看護師さんたちは私の好きな劇団の役者だ
妄想がきっかけで、異常な行動に出るようにもなりました。
病院から脱出しようと、騒いだり、ものを壊したりすることもありました。
今思うと、思考能力や判断力が落ちていたと思います。
入院中、薬を飲んでいても、症状が悪くなったり良くなったりを繰り返しました。
そんなとき、主治医ではない医師に「病室の監視カメラで世界中から見られているんだ」と言うと「なんで?」と一言返されました。
その瞬間、パッと妄想が解けました。
「そういえばなんで世界中から見られるんだろう、っていうか、どんな理由もつけられないくらいありえない内容じゃん。こんなことにも気付けないとかやばい、私病気だ」
と気付きました。
現在の症状
医師の一言があってから現在まで、陽性症状が出たことは一度もありません。
退院直後は陰性症状である意欲の低下があるように感じていましたが、興味のあることはバリバリと集中して取り組めていたので、単に大変なことが続いて落ち込んでいただけのような気がします。
現在は陰性症状はありません。
という感じで、本に書いてあるようないわゆる「統合失調症」の症状は現在ありません。
社交不安障害とされる症状はまだ残っていますが、以前より改善されています。
なぜか、統合失調症の急性期(症状が現れた時期)になったときから社交不安の症状が軽くなりました。
主治医からは「社交不安障害ではなく統合失調症の前駆症状だったため、薬でよくなったのでは」と言われました。
ですが、薬を飲む前の、精神がおかしくなっていた時期、社交不安の症状が全くなくなっていました。
今症状が軽くなった理由として、私自身の仮説は
- 人前で変なことをしても意外と大丈夫だと思えたから(陽性症状がひどかったときに人前で変な行動をしたが、想像していた悪いことは起こらなかった)
- 普段と真逆の思考を経験したから
ではないかなと思っています。
※前駆症状だった可能性もあるとも考えています。
現在の症状はこんな感じです。
- 混んでいる電車や人の多い場所などで、周りを不快にさせないだろうかと不安になり、緊張する
- 買い物中のレジで、自分がもたもたしないかと不安になり、緊張する
- 恥ずかしい記憶のフラッシュバックが1日1回程度ある
診断名を知った時の気持ち
社交不安障害
「社交不安障害」という病気があることを知った時、とても驚きました。
私の困りごとがそっくりそのまま病状として書いてあったからです。
病院で社交不安障害と診断をされたとき、私は「よかった」と思いました。
それまで、対人関係で緊張したり不安になったり失敗したり逃げたりしてしまうのは、私が弱いから、能力が無いからだと思っていました。
私がどんな風に感じているかを親に話しても「あなたはおかしい」としか言われたことがありませんでした。
いじめられたわけでも、病気でもないのに学校に行かない、ということに、負い目を感じていました。
そんな私の困りごとに病名が付いたとき、「あなたのせいではない」と言われた気がしました。
私のほかにも同じような困りごとを抱えている人がいることに安心しました。
治療が必要なほどのことだったんだ、と、今までのつらさや、学校に行かなかったことが肯定されたような気持ちになりました。
治療でよくなる可能性があることに希望を持ちました。
統合失調症
診断される前から、統合失調症の存在は知っていました。
父の事件があってから、精神がおかしくなっていくのを感じた私は、「このままではうつ病か統合失調症になってしまう」と思いました。
陽性症状が出ている間は、自分が統合失調症だとは全く考えていませんでした。
いや、今思えば、心のどこかではわかっていたのかもしれません。
SNSやテレビで私のことが発信されている、という妄想を、家族には少しも話しませんでした。
入院した当初、私が病気だからここ(閉鎖病棟)に入れられたのだということは全く信じませんでした。
病気の人をいきなりろくな確認もなしに、カメラ付きの独房のような空間に閉じ込める、ということが普通だという知識がなかったので、私は特別なんだと思っていました。
(現在の視点から補足をすると、家出などの危うい行動により私自身に危険が及ばないための緊急の医療保護入院で、まずはじめに保護室に入れることになった、ということになります。
特別なことではないわけですね。
ちなみに保護室は本当にカメラ付きの独房みたいな空間です。詳しく知りたい方はググってみてください)
病院から脱出しようと天井を壊して拘束されたとき、「こんなことをされるということは、脱出できるか試されているわけではないんだ」と、妄想がなくなりました。
「私って統合失調症なんですか?」と看護師さんに聞いたことを覚えています。「それはこれから先生が判断します」と言われました。
それまで、誰からも「統合失調症」という言葉は聞きませんでした。
それからは落ち着いて(というか絶望して)過ごしました。
しばらく経ったころ、「統合失調症のことを知りましょう」と、主治医に言われ、一緒に本を読むことになりました。「あなたは統合失調症です」とはっきり言われたかは忘れてしまいましたが、ほぼそう言われたようなものでした。
「統合失調症」は、治るのが難しく、大変で怖い病気だというイメージがありました。
そんなものに私がなってしまったと認めるのは、とても恐ろしいものでした。
「私は病気ではない」と思いたくて、また妄想の世界に入ってしまいました。
そこから、前述したように医師の一言で回復し、「私は統合失調症なんだ」ということを受け入れます。
しかし、退院してしばらくすると「本当にそうか?」と考えるようになりました。
今振り返って急性期の私を見ると、様々な見え方をします。
陽性症状で暴れている統合失調症患者にも見えます。
ストレスによる一時的なパニックで妄想が出て、その妄想が解けるきっかけがなかっただけのようにも見えます。
さまざまな想像の中から一番ハッピーなものだけを信じ続けた結果、後戻りができないところまで来てしまっただけのようにも見えます。
飲み続けている薬がいい方向に効いているかどうか、正直よくわかりません。薬の存在を感じるのは、やっかいな副作用だけです。
うっかり薬を飲み忘れてしまった時も、気分や調子は変わりません。
退院後の私は急性期のように一つの可能性しか見ないわけではないので、薬を飲むをやめたり、「統合失調症ではない」ということを信じているわけでもありません。
ですが、
「もしもっと早く心に響く声掛けがあったら」
「もし初診の時の主治医に診てもらっていたら」
(諸事情で初診、入院中、退院直後、現在でそれぞれ主治医が違います)
と考えるようになりました。
現在の私の考え
主治医に確認したところ、現在の私の診断名は「統合失調症」だけで、社交不安障害という診断名はついていないそうです。
主治医によると、過去に社交不安障害を発症していたか、あるいは統合失調症の前駆症状だったのかは「わからない」そうです。
病名がひとつなのは「そのほうがシンプルでいい」と仰っていました。
自分のアイデンティティのような、免罪符のような存在だった「社交不安障害」という病名がなくなって、もやもやする気持ちもありました。
「私の本当の病気は何?」と悩んだこともありました。
ですが結局は「診断名が変わったところで、自分の困りごと自体は変わらない」と気づきました。
そして、福祉の仕組みや精神疾患についての本などに触れているうちに、「精神疾患の病名は便宜上のもの」という捉え方をするようになりました。
障害年金の申請をするとき「社交不安障害」という診断名だけでは症状が軽いとみなされるため通らず、うつ病などの精神病の診断名を医師に書き加えてもらう必要がある、と知りました。
そのことを知ったとき、結局は精神疾患の病名は便宜上のものなんだな、と捉えるようになりました。
以上のことを踏まえ、
重要なのは病名よりも『何に困っていて何の可能性がありどう対処していくか』
ということだと気づきました。
私が今1番困っていることは、社交不安が強いことです。
そして、私には統合失調症である可能性があります。
そのため、社交不安に対するケアもしていますし、統合失調症の薬も飲み続けています。
自分の困りごとや状況を説明するときは、統合失調症と社交不安障害両方の名前を出すか、社交不安障害だけの名前を出すようにしています。
社交不安障害の名前しか出さないのは、嘘をついているような、相手を騙しているような気がして、本当にいいんだろうかと悩んだこともありました。
ですが、「精神疾患の病名は便宜上のもの」という捉え方をするようになり、じゃあ私も便利に病名を使おう、と思うようになりました。
「社交不安障害」という名前を使った方が、圧倒的に私の気持ちが楽なのです。
「統合失調症っていう病気で、人と話したりするときにとても緊張してしまうんです。でも妄想があるわけではなくて、あなたから攻撃されるかもということを本気で信じているわけではなくて…」
と説明するよりも、
「社交不安障害っていう、昔は対人恐怖症と言われていた病気で、人と話したりするときにとても緊張してしまうんです」
と伝えた方が、自分の今の困りごとや状況を伝えるのが楽だと感じます。
ほとんどの人にとって、話の最中で病名を聞いたらどちらも「よくわからない病名」でしかないと思います。
ですが、もし親身になってくれる方が「さっき聞いた病気について調べよう」と思ったときに、「統合失調症」のワードで出てくる情報と、私の現在の状態が乖離しているので、そうした理由でもあまり「統合失調症」という病名は出さないようにしています。
ただ、私自身のことを語る上で「統合失調症」という要素は欠かせないものになっていると思うので、親しくなった人には隠さず伝えるようにしています。
この考えや行動が「正しい」のかは正直わかりません。
ですが、この考えになってから心が楽になりました。
私の体験が、誰かの心の整理や、自分自身との付き合い方を見つけるヒントになれば幸いです。

