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「不登校やひきこもりになったら、その先どうなるんだろう」
そんな不安を持っている方に向けて、
「元不登校・ひきこもりの私が、今どんな生活をしているか」と「今に至るまでの経緯」について書いていきます。
結論から言うと、
今の私は、穏やかに、小さな幸せをたくさん感じながら日々暮らせています。
「こういう未来もあるんだ」と、少しでも安心材料になれば嬉しいです。
今の生活について
私は今、在宅で事務の仕事をしています。
障害者雇用のパートとして、自分のペースで働いています。
基本的に実家暮らしです。
朝食と昼食は自分で用意し、夕食は家族に作ってもらっています。
お風呂や寝泊まりは実家でしています。
また、実家とは別にアパートも借りていて、だいたい日中はそこで過ごしています。
アパートですることは、仕事、YouTubeや記事執筆などすだちえの作業、趣味のこと、友達と通話など。
福祉施設に行って、人と話したりする日もあります。
やりたいことがたくさんあって、
忙しい!暇がない!
というのが困り事ですが、
その分充実している…と言えるかもしれません。
今の精神的な状態
今の私は、気持ちの波がとても穏やかです。
深く落ち込むこともほぼ無く、
躁状態のように無理に頑張りすぎたりしてしまうこともありません。
日常の中でたくさん小さな幸せを感じます。
例えば、
- 好きなYouTubeを見る時間
- 家族や友人との何気ない会話
- ご飯がおいしいと感じること
そういった些細なことが積み重なって、
「私は今、幸せだなあ」と感じられています。
家族、職場、友人などの人間関係も安定していて、大きなトラブルや悩みはありません。
カウンセリングも定期的に受けているので、何かあっても対処できる安心感があります。
実際、最近ショックな出来事もありましたが、大きく崩れることなく過ごすことができました。
不登校・ひきこもりだった頃
では、逆に私がしんどかった時期のお話をしていきます。
私は中学2年生から高校2年生くらいまで、ひきこもりの状態でした。
中学生時代の一年半は、不登校でもありました。
原因は、社交不安の症状が強かったことです。
「周りの人を不快にさせてしまうのではないか」
という不安がとても強く、
- 家の外を歩くこと
- 電車に乗ること
それすら強い緊張を伴う状態でした。
通信制高校に進学しましたが、
登校日はとてもつらく、
行った後に毎回泣いてしまうほどでした。
家庭内の環境が悪かった時期もありました。
信頼していた母に裏切られたと感じて悲しみ憤りを感じたり、
DV気質の父親に怯えながらなるべく避けて暮らしたり、
古い価値観の祖母に怒鳴られたり…
死にたい、と思ったことはありませんが、
別にいつ死んでもいいな、と思っていました。
車が行き交う車道に飛び込んでしまいたい、と思ったこともあります。
転換点
私の人生が今に至るまでの大きな転換点は5つです。
①不登校を親が認めてくれた
経緯は後述しますが、
不登校・通信学生という道を親が認めてくれたおかげで、
だいぶ気持ちが楽になりました。
②父親が事件を起こした
高2の冬、父が兄に包丁を投げ、警察沙汰になりました。
このことがあってから、やっと母が離婚を決めてくれました。
私にとって苦痛だった家庭環境が、かなり改善されました。
③統合失調症の陽性症状が出た
父親の事件があった後、
私に統合失調症の妄想の症状が出て、3か月間ほど入院しました。
詳しくはこちらの記事を読んでいただきたいです↓

このことがきっかけで、社交不安の症状がよくなりました。
統合失調症の薬のおかげでよくなったのか、そうでないのかはわかりませんが、
- 「人が怖い思考」と「人は怖くない思考」両方を極端に経験したことで、思考がその真ん中になった
補足:妄想は「人はみんな私を愛している!」という以前と真逆のものだった - 妄想が出て人前で変な行動をしたが、意外と大丈夫だと思えた
補足:認知行動療法でも「あえて自分がタブーだと思うことをやる」というステップがあるそう
…というのが私の仮説です。
④福祉施設に通い始めた
退院後、障害者のための福祉施設に通い始めました。
コミュニケーションの力や、
メンタルを穏やかに保つための方法など、
多くのことを学びました。
純粋に楽しい時間が過ごせましたし、
人との出会いもありました。
⑤グループホームに入った
事情があり、グループホームに入居していた時期がありました。
グループホームのスタッフの方にスカウトされ、今の事務の仕事に就くことになりました。
今思えば、
- すだちえのサイトの活動などを見せたこと
- クラウドソーシングで働いていたときにコツコツ仕事していたと話したこと
などが評価されたのかなと思います。
回復の中で大事だったこと
ここまで来られた理由として、
自分の中で大きかったと思うのは
「今の状況を良くしよう」という気持ちです。
私はずっと、
「行動していれば、いつか未来は良くなる」
と信じていました。
これは自分にとっては当たり前でしたが、
福祉施設でいろんな人と関わる中で、
必ずしも当たり前ではないと気づきました。
うまくいかないときの考え方
「今の状況を良くしよう」なんて思えない、
絶望したくなるような時期もありました。
ただ、そんなときにやっていたのは
- 絶望することはそのまま受け入れつつ
- 行動の「作戦」を変えること
でした。
実際にあった「作戦変更」の話
中学2年生のとき、
「学校に行きたくない」と親に伝えました。
最初は、説得しようと努力しました。
理解してもらおうと、話し合いをしていました。
やっと受け入れてもらえた、と思ってからしばらくしたときです。
とある出来事があり、本当は私の意見は受け入れられていない、気持ちも理解してもらえていない、ということがわかりました、
そのとき、私は非常にショックを受けました。
そこで私は、
親を徹底的に拒絶する
という行動に出ました。
- 自室がなかったので、和室の襖につっかえ棒をして閉じこもる
- 間仕切りをして自分のスペースを作る
- 親と話さない、対面しない
これは私にとっての「絶望」でもあり、
同時に「作戦変更」でもあったと思います。
家族に無理やり襖をこじ開けられたり、父に怒鳴られたりしつつも、
拒絶する日々を3か月ほど続けました。
その結果、母は状況の深刻さに気づき、
私の気持ちを受け止めてくれるようになりました。
それ以降、不登校という選択も認められ、
サポートも得られるようになりました。
「前向き」の意味
これまでの経験から思うのは、
「前に向かって進んでいく」ということは
「同じ方向に向かってずっと頑張り続ける」ことではない、ということです。
- 押してダメなら引いてみる
- 絶望したいときは絶望する
- 頑張れないと思った時は休む
周りから見たら「後ろ向きだ」と感じる行動でも、
その時の自分に合ったやり方を選び続けていけば、
結果的に前に進むことにつながるのだと思います。
私の好きな漫画に、こんなことを説明するシーンがあります。
「前向き」かどうかは向かう方向は関係ない。
逆方向に進む人たちがいても、どちらも前向きだといえる。
でも、「走る体の向き」と「頭の向き」が逆なら、どんな方向を走っていたって後ろ向き。
そしてこんなセリフに繋がります。
「心がうまく方向転換できん内は無理せずに心に素直な方へ行くんが前向きや!」
最後に
不登校やひきこもりはとてもつらいものですし、
進む先々も困難や苦悩の多い道のりだと思います。
でも、その先に
穏やかな日常や幸せがある可能性も、確かにあります。
今つらい方にとって、
この話が少しでも「未来のイメージ」になれば嬉しいです。
そしてもし余裕があれば、
「今を少しだけ良くするために、何かできることはあるかな」
と考えてみてもいいかもしれません。
それがどんなに小さなことでも、
たとえ世間から「後ろ向きだ」と言われるようなことでも、
自分が「これがいい」と思えるものなら
きっと何かのきっかけになるはずです。

